祭
の記事一覧
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韓流ドラマとか韓流音楽とか、日本人はこれほどまでに韓国好きとはおもわなかった。 ハロウィンの梨泰院事故の報道ぶりに驚いた。日本のテレビ局ではなく、まさに韓流テレビそのもの。 事故に対してお悔やみを…
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祇園祭の山鉾巡行が三年ぶりに都大路を練り歩いた。 そもそも流行り病の退散から始まった祇園祭なので、コロナ禍の三年間じっとして巡行しなかったほうがおかしい。 コロナだからこそやるべきだった。 …
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ビルの谷間の小さなお店にはいった。 薄暗い店内の正面に「お雛飾り」が燦然と光っていた。もう二月、どんなにオミクロン株が頑張っても、桃の花はやがて咲くのだろう。 テレビでは、「……お雛様、お雛様」と連…
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小正月になるといつも思い出すのは野沢温泉の道祖神祭だ。 村のホテル住吉屋の先代がお元気の頃、何年か続けてお邪魔していた。そんなにも大きくない旅館が、村のホテルと称したのが、なんとも嬉しかった。先代は…
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夏木組TVに出現したマイ年間優秀句第一席!! 冬天よ 母を泣かせて 来る街か 福田麻貴 80キロのゆめっちと116キロのかなでを左右に、真ん中にたつ3時のヒロインのつっこみ担当、平凡なさほ…
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今日は七草粥の日である。 鳥取地方に古くから伝わる面白い七草囃子がある。 「唐土の鳥が 日本の島に渡らぬ先に ナズナ七草そろえて 杓子の上持って スットコテンと はやいてホーイホイ」 この囃子唄を歌…
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暑くなってきた。蒸し暑くなってきた。 ソーメンがたべたくなる。ソーメンには肉も魚もいらない。 ただソーメンだけが、たっぷりしたうつわに冷やされてあればいい。 我が家では黒漆の手桶風に、内側に金を塗っ…
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子供の頃、端午の節句が近ずくとあちこちの庭先に鯉のぼりが上がった。今ほどに電線が多くなかったような気がする。 鯉はのびのびと青空にひるがえっていた。本郷でも荻窪でも、鯉のぼりのための青空があった。…
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軽井沢のとなり、佐久の岩村田、湯川の崖のうえにそのお社はある。鼻顔(ハナズラ)稲荷といい、京都の清水寺に似た朱塗りの懸崖造りである。毎年初午の日には東信州のみならず関東からも参詣の善人が参集する。昔…
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今年は2月2日が節分とか。 その昔は立春、立夏、立秋、立冬と季節をわけて4つの節分があったにも関わらず、いつの間にか、節分は一度になってしまった。 ところで鬼のパンツは何故黄色いか、について考えてみ…
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞