Kazuhiko Hoshino
の記事一覧
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とうとうというべきか、遂にというべきか、やっと日本学術会議の民営化が俎上にのった。 学術会議は60万人もいる日本中の大学教授もしくは学者たちの頂点に君臨してきた。 学術会議会員に選ばれた偉い先生は、…
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島根駅前のデパート一畑百貨店が閉店した。 次々と多くの企画を打ち出した人気百貨店であったにもかかわらず、時の流れに抗することは出来なかった。 山形の大沼、徳島のそごうについで、島根の一畑と遂にデパー…
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今日壱月十三日は「初寄り」の日だ。 祇園甲部の芸妓、舞妓全員が新門前の井上流家元の稽古場に集まる。 女紅場と呼び、馴染んでいる「祇園女子技芸専門学校」とともに、井上流家元の稽古場は彼女たちにとって重…
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「商売繁盛で笹もってこい! 商売繁盛で笹もってこい!!!」 この日、大阪商人のほとんどが今宮戎神社にお参りする。帰りには有難い「福笹」を抱えて帰宅する。 福笹は商家の座敷や、店の奥、あるいは会社の社…
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一月七日、祇園甲部の始業式である。 あちこちの置屋さんから、黒紋付の正装に稲穂のかんざしをつけた芸妓、舞妓が、歌舞練場に集まって来る。 正月を故郷で過ごしたり、短い海外旅行を楽しんできたり、思い思い…
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「いちばん大事な水がない」「医薬品が届かない」「移動式トイレが欲しい」「冷蔵庫が駄目だから生鮮食品が手に入らない」等々…被災地の人々の生活苦難が続く。 道路が寸断されているので、自衛隊もはいれない、…
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年末の安倍派つぶし、さらにNHK紅白歌合戦も代々木からソールに引っ越したかと思われるKポップだらけのテレビに引き続き、年初の能登半島大地震、この国は不幸の神様に憑りつかれているようだ。 能登半島の大…
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新しい年を迎えて「書初め」である。 昭和世代の学びは、書初めに始まった。上手くとも、下手でも墨をすり、筆を整え、半紙に向かい新年の覚悟を書くというのは、朝寝坊の正月を覚醒させ、明日からの一年を考えさ…
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2023年大晦日、今年はエンタメ業界においてのメディアの信用が見事に失墜した年であった。 永年、テレビを始めとするラジオ、出版、新聞がお互いを忖度しながら、自己利益に走っていた現実がアラワニなった年…
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いま理系男子を育てなければ、この国は滅亡する。 このは毀誉褒貶の多い工学者武田邦彦先生の主張である。 日本を代表する工学者の一人である武田先生はまま刺激的な発言をされるが、理系男子の緊急必要性にかん…
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞