大山鳴動! ネズミ一匹

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 わが家は森の中にある。冬は空が広い。
 葉を落とした枯木立も、雪だまりが消えるころになると少しずつ色づいて、何ごともなかったように芽吹いてくる。雪のしたから去年の秋の枯葉が顔を出し、森の中の小道を舞って行く。
 そんなある夜、突然に停電した。電気が消えると暖房もきれるので、家人は慌ててあちこちへ走る。
 南側のカーテンをそっと開けて町の灯りを確かめる。和室の障子を開けて隣家の窓の明りをみる。どこも点いていて、どうやら停電は我が家だけのようだ。管理事務所に連絡しても、停電?してませんよー。
 態勢を立て直し、ヒューズ・ボックスのチェックに走る。我が家では二か所にヒューズ・ボックスが分かれているので、懐中電灯を手にあちこちにとばねばならない。ヒューズをチェックして再びスイッチを入れても電気は点かない。…闇ばかりの夜を過ごすはめになってしまった。
 絶望的な一夜を送り、翌朝さっそく電気やさんに来てもらった。漏電か、断線に違いないと、計器片手にいろいろと調べてもラチがあかない。30分も経った頃、物入れの中にある東のヒューズ・ボックスの辺りから奇声が上がった。「あった。分かりました! 雑巾持ってきてくださーい。」
 そこには数センチ程の焦げた山ネズミの残骸があった。どこからか分電盤に入り込んだ山ネズミが、停電を引き起こしたという顛末だった。
 先日再び人々を恐怖に巻き込んだ、福島第一原発の三日に及ぶ停電の原因も、ネズミ一匹と聞いて思わず脱力した。我が家の停電と変わらない、原発の施設っていったい何? この程度の設備で何百万人の命を預けている原発ってなんだろう。専門家ほど信用できないというのが、今回のネズミ騒動の教訓だった。
 


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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