爆弾を抱えた問題人物43人…という特集記事があった。
政・官・財・作家・ジャーナリストに芸能・スポーツまで取り上げられている。
卑俗な興味で芸能・スポーツから、3人ばかりピックアップしてみた。
まず、かの石川遼の父にして、コーチである「石川勝美」、本当にあの息子を創ったとは到底思えない尊大にして悪態ぶりは、亀田史郎以上だと言われている。上智大学法学部出身にもかかわらず、実る程コウベをたれる、お行儀のひとかけらもない人と評されている。かって一卵性母娘といわれた美空ひばりの母は、その母性過剰ぶりに周辺は困惑したものだが、それ以上の恫喝ぶりと云われる。
第二は紳助の喜び組といわれている「熊田曜子」、グラビアアイドルだが、止めるといったり、復帰するといったり、もういい加減にしたらという声が大きい。紳助の沖縄ロケを取材にいったら、熊田がどうどうとでてきたとか、かの大王製紙の御曹司とも関係ありとか、もつぱら芸能界の裏女王と囁かれている。
そして三人目は「秋元康の弟」という存在。ジュニーズに続いて、いまや完全な業界タブーになったAKB48、そのパワーの根源はすべてこの秋元康の弟という存在だそうだ。AKBの批判記事を書くと、ただちに弟から電話がかかり、仲良くしましょうと云われ、早速にAKBのカワイ子ちゃんが現れるという寸法だそうだ。絶えずメディアの全方向に目配りをし、アイドルの色仕掛けという毒矢を放つ。
芸能界三大パーソナリティの噂ばなしである。
芸能界話題の三人
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プロフィール

星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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