東日本大震災に対する天皇皇后両陛下の思い入れは、ことのほか深いようだ。宮中では自主停電をされ、御料牧場で生産された卵や野菜を被災地に送られた。さらに那須の御用邸のお風呂を解放され、みずからのお言葉を述べた映像を公表した。
が皮肉なことに、いちばん話題を呼んだのは、東京武道館における両陛下お見舞い胡座事件だった。膝を折ってお見舞いの言葉を交わす両陛下に対し、平然とアグラをかき、帽子をかぶって応対する二人の若者に対して、日本中から抗議の声が集まった。ジャーナリストの三宅久之さんなどは、血圧が上がりっぱなしで茹でだこになって怒っていた。誰がこんな日本にしたんだ、礼儀もなにもない、とんでもない奴らだ。
ネット上では、情けない本当に情けない。すこしは礼節をわきまえろ。被災者のクズは死ね。眼の前で天皇陛下が膝ついて話しかけられたら、感動して泣いちゃうかも。という一般庶民の尊王派から、どうせたいした話じゃないんだから、寝ながらきいてもいいじゃん。「よく眠れますか」って眠れるわけないだろ、アホ! といった礼儀知らず反天皇派まで姦しく声が集まっている。
「皇室は祈りでありたい」と述べられた皇后陛下はともかく、雅子皇太子妃にかんしては、娘に付き添ってひたすら授業の邪魔をする日常だけが報道されているので、いまさら疲れ切ってやっとたどり着いた避難所にこられても迷惑といった潜在的意識があるのかもしれない。逆に「雅子さまお身体は大丈夫ですか」と被災者から声をかけられたというが、これこそパロディというべきか、喜劇というべきか、こうした未来の象徴をいただいた国民のやりきれないイマが見えてくる。
胡座でうける両陛下のお見舞い。
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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