いただきもののカレンダー。

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年末年始にいただくカレンダーは楽しい。六本木にいた頃は、まず映画会社のカレンダー、専属の女優たちが偉い順にきらびやかに競っていた。カレンダーを見ると女優に対する会社の考え方、ギャラまでが透けてみえた。レコード会社のカレンダーも同じ傾向でいつも演歌系が重要視され、ポップスは申し訳程度にはさまれていた。いつしかカレンダーはアイドルに占領され、ポップス系ベストテンに中心が移った。その後にグラビア系とよばれた若い女の子の水着やセミヌードが主流となり、バイトのスタッフたちは「これでヌケルンデスよ」などと訳のわからないことをいって奪いあっていた。
 軽井沢に住むようになって、カレンダーのいただきものも大分変わった。駅前のタクシー会社は文字のやたら大きい実用一点張り、電話番号がやけに目立つ。銀行は気取って、ジィベルニーのモネの庭、カーテンやさんはキロニーの甘いタブロー、フリルの多い絵が゛いかにもカーテンやさんの好みにあっているのだろう。ファミリーカー中心のデーラーはディズニーだし、外車専門デーラーはまわりを圧して大きいヴォーグとのコラボで撮った車フォト、板金工場は銭湯の壁を飾りたくなるピーターモッツの風景画、マッサージやさんが傑作で、毎月病のチェック…一月は眼の症状、二月は鼻の症状、三月は尿の症状、八月は便の症状、十月は毛髪の症状と毎月年齢別健康チェックの要点がぎつしりと書いてある。高齢化時代のお手本のようなカレンダー。その昔パルコが格言カレンダーを出して大当たりしたことがあったが、その流れを次いでいるのが、薬屋さんからの「暮らしの標語」カレンダー、人生・昨日に学び今日に生き明日に希望を、努力・身をもって示すことがリーダーシップである、信仰・神仏を尊びて神仏をたよらず、希望・夢があれば老いることはない等々、名言と格言は賢い友人であると追い打ちをかけてくる。10年一日は芝居絵役者絵の綴られた歌舞伎カレンダーである。外国に送ってあげると喜ばれる。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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