40年ほど前、かの安倍公房とドラマづくりに熱中した。「これ面白いよ。人間ソックリのアンドロイド」東大医学部出の安倍さんは人体について異常な興味をもっていた。そこで僕が提案したのは「三年寝太郎」どこまでもいつまでも働きたくない民話の中の人間を主役にしようということだ。
ある日、寝太郎は「そつくり人間・大注文会」があるという噂を耳にする…寝太郎のソックリさんを作り、彼を働きに出しておけば村人からも非難されない。つまりアンドロイドが寝太郎の代わりを務め、寝太郎はあいかわらず今までどうりぐだぐだと寝ていればいいというアイディアだった。アンドロイドの大注文会は伊勢丹4階特別室だつた。面倒臭いのは仮縫い、まず外見、それから内臓、脳神経を整えてから趣味、くせ、生殖能力まで都合6回通わねばならない。怠惰な寝太郎もこのときばかりは真剣に伊勢丹に通った。半年後、目出度くアンドロイドは完成、寝太郎は明日からの幸せに胸ふくらました。かくして寝太郎の評判はうなぎのぼり、あの三年寝太郎が働き者に変わったのだ。本物の寝太郎はあいかわらず離れ座敷でごろごろ、…そこに事件が持ち上がった。村一番の器量良しマドンナが、寝太郎2に恋をしてしまったのだ。寝太郎1もかねがね恋心を抱いていたが相手にされず、2のお蔭でチャンスが廻ってきた。同じアンドロイドだから大丈夫、今日こそはと張り切ってデートしたがどうもうまくいかない。いざというときに拒否されてしまう。仮縫いはどこか間違ったのだ。悩みぬいた寝太郎1はある日ついに寝太郎2に対してヒキガネを引いてしまうといった悲劇喜劇。
40年前、ナンセンスとされていた物語が現実のものとなった。ES細胞、iPS細胞いずれも人間のソックリさんが造れるようになった。サルの頭に人間の胴体も簡単であるという。人魚も可能だし大量のアルカポネも造れる。「万能細胞」の発明は人間の歴史の書き換えであり、従来の倫理、哲学の革命である。そこいらで小銭かせぎの仕分けなどしている暇はない。
「万能細胞」の恐怖と革命。
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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