歌舞伎座が建替えられることになり、最後の御名残芝居を見た。歌舞伎18番のなかでも評判の「助六」である。吉原仲之町を背景にしたこの芝居は、江戸趣味を集約した作品で、江戸っ子たちには格段の思い入れがある。劇中助六の使う蛇の目は吉原から、下駄と鉢巻きは魚河岸から献じられ、助六の男伊達に町衆は酔った。格子のなかの浄瑠璃もプロが歌うのではなくご贔屓すじの連中が勤める。上場会社の社長さん、商家の旦那衆、文化人など200人あまりの河東節十寸見会が毎日交代で三浦屋の格子に入る。贔屓の役者とともに舞台を勤められるという粋な道楽だ。出端という演出も当時の江戸の町そのままに、田舎侍、供奴、かつぎや、白酒売、通人などつぎつぎに登場して観客を湧かせる。花魁道中も華やかに、助六の朱を覗かせた黒のシンプルな衣裳が映える。権威を嵩にきた侍の意休、憧れの揚巻、若く威勢のいい助六の芝居も、世直し願望の祝典劇、助六のやり放題の悪態も、実は言葉による悪霊鎮めというという信仰があった。菊五郎、左團次、玉三郎、仁左衛門、三津五郎、勘三郎という団十郎を囲んだ豪華な配役も当分お目見栄は不可能だろう。ついでながら口上は海老蔵が努めた。
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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