先日どっさりと松茸が送られてきた。この時期松茸が送られてくるのは珍しい。それも立派な竹籠に入れられて、由緒正しい空気をかもしている。送り主はとみればまだ30そこそこの若い姪である。松茸もはんぱの分量ではなくどつさりである。30そこそこの若さで、こんなどつさりの松茸の贈り物は似合わない。どうしたことかと、お礼を兼ねて電話をした。あの大量の松茸は、と質問すると、「ブータンへ行ってきたんです。質を量でおぎないましたから、どうぞご心配なく」そうかブータンでは松茸がとれるのか。開国まもないブータンに行ったことがあるが、あのころブータンで松茸がとれるなどということには全く思いが及ばなかった。ブータンの農業振興に努力している日本人によって京野菜が作られ、王室でも歓迎されているといった嬉しい話をきき、ヒマラヤから流れくる清冽な川と柳の新緑に眼を奪われ、絶えず聞こえてくるマニ車の鐘の音に「秘境の王国」を実感したのだった。王家の墓の三階立てにも及ぶ圧倒的な原色の歓喜佛に息をとめ、5000メートルの山頂にそそりたつ寺院に暮らす若い僧たちの素朴さに心うばわれた。
そのブータンからきた松茸は岡山や京都の松茸に優るとも劣らず、形も香りも十二分な立派なものだつた。たまたま集まった友人たちとともに「今宵はマツタケ・パーティ」の運びとなり、まずは焼きマツタケ、それもスガタ焼きをたっぷり食べようということになった。サイドメニューはマツタケのフライ、マツタケの酢の物、そしてマツタケの炊き込みご飯、米は室戸岬の友人が送ってくれた早取米、これがまた信じられないほどの美味さ、芳醇な米の味ともつちりとした食感がこれぞ豊葦原の恵みといった感じだ。2002年のボルドーの赤を友にブータンの松茸談義に花が咲き、そこに飛び込んできたのが沖縄からのマンゴー、宮崎のマンゴーに騙されないように、というすこぶるつきで、軽井沢にいながら至福の食を味わった一夜だつた。
ブータンの松茸!
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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