最悪・佐久平の街づくり

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 長野新幹線が通り、佐久平駅前には1000年の町並みが出来るはずだつた。出来上がってみたらただの安売りショップ街。黄金波打つ数万坪の田園風景は、魅力的なレトロ街にも超モダンな現代都市にもなる素晴らしい空間だったが、文化のない貧困な為政者により西部の砂漠の果てに出来たような、安っぽい街並みが完成した。
 厚生省公衆衛生局から天下った三浦大助という市長が犯人だ。「官僚には文化はない」というのが通説だが、このオヤジは特にひどい。安売りスーパー街にたって「佐久平駅前開発計画は大成功」と自画自賛したが、自らのイメージの貧困を曝した様なものだ。パリのオスマンの爪の垢でも飲ませたくなる。厚生省は社会保険泥棒などモラルなき官僚のひとりだが、佐久総合病院の移転問題でも売れない工業団地を買ってくれるときは黙って売り、いざ建設となったら許可しないという詐欺同然の権力者だ。 佐久市民はこの人に権力を任せたことにより、魅力的な町づくりのチャンスを失い、1000年の財産を失った。あなたたちはもう決して小布施にも高山にも湯布院にもなれない。祝「三浦大助引退宣言」。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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