異常な猛暑でみんなへとへとになっている。夕方どこの家でも打ち水をし、縁台に団扇があって、浴衣姿でスイカを食べる。あの夏は何処へ行ってしまったのだろう。チリチリン…と風鈴が鳴ると夏の贅沢の総仕上げだった。朝顔や金魚の絵が描かれた江戸風鈴はどこの家にもあって軒先にちいさな音楽を奏でていた。過ぎし夏、井桁の焼き杉にシノブを絡ませ、それに小丸風鈴をつけた釣りしのぶの風鈴をいただいた時は、一週間ほどあきずに眺め、あきずに風鈴の音色を聴いて夏風を楽しんでいた少年時代だった。
今ではクーラーに扇風機、除湿だの加湿だの風向自在だのと機械の奴隷となり下がり情緒不安定、男子も日傘をさして歩いている。男の日傘ドクロ・ブランドは即日完売、12年前年間僅か10本しか売れなかったのが、今年はすでに1200本、まだまだ発注があるという。女子は菊池桃子ブランドのUVカット帽子に、エコクール・バンド、水に浸すだけで頭も首も冷えるそうだ。電気不要でいつでもクールなシーツが売り出されたり、蓄冷ゲルの枕があったり、とにかく町には猛暑を乗り切る工夫があふれているが、何かが違うどこかが違うと感じている。人間が生み出した猛暑なのだから、人間が知恵を働かして断ち切ることは出来ないのだろうか。50過ぎたらしっかり紫外線対策、皮膚病変に注意などという週刊誌を横目にテオクレダヨとつぶやいている。
風鈴の夏は何処へ。
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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