「タマゴのようでタマゴじゃないタマゴ」推進計画

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身近でのウクライナ戦争で最大の被害は、電気料金と生卵である。
電気料金のほうは比較的かんたんに理解できるが、まさかタマゴに被害が及ぶとは思ってもいなかった。
鶏の餌代が異常に高騰し、これ以上の負担に耐えられなくなった農家が遂にタマゴ値上げに踏み切ったという。
外食産業では、タマゴを使う飲食、レストランの30パーセントがすでにタマゴ関連のメニューを休止していると聞く。
永年物価の優等生と言われてきたタマゴもついに陥落か、といった卓上の悲劇である。
偽たまご.jpg
そこで日本人の特技である疑似タマゴの登場である。
「タマゴのようでタマゴじゃない」製品はすでに使われているという。
代替タマゴはすでにチャーハンなどに使われ、お客さんには全く判らない状態で流通しているらしい。
HOBO タマ、EVER EGG などと多種多様のの呼称ががあって既に市場では折込済みのようだ。
気がついたら周りはみな「タマゴのようでタマゴじゃない」世界に変わりつつあるのだろう。
ギラン.jpg
ウソカマの例もあるように、日本人の偽物つくりは世界でも稀有なテクニックとして評価されている。
この際、政府は「タマゴのようでタマゴじゃない」食文化推進計画を立て、業界への資金提供ならびに融資助成でバックアップして欲しい。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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