「一膳めし」という看板に出会った。
懐かしい……とても懐かしい。
舞台を駆けずり回り、ようやく稽古が終わった頃、ふと空腹に襲われる。
あの頃はスタッフに弁当が用意されるなどということは、全くなかった。旧帝劇文芸部の頃、空腹をみたすのは有楽町のガード下だった。劇場から有楽町ガード下まで4.5分程、台本を尻に突っ込み汗をふきながら、一膳めし屋をめざす。
ガード下には何軒かの一膳めしがあった。トンカツにするか、焼き魚にするか、どんぶりか、定食か、迷いながらガード下にたどり着く。
のれんを分けるとオヤジさんの「いらっしゃい!!」、すかさず女将さんが「今日はサンマだよ!」朝早く河岸へ仕入れにいって、店にも客にも都合のいいメニューはすでに決まっていて、有無を言わさない迫力と愛情に溢ちていた。さっきまでの迷いは、女将さんの一声に消え去り、狭い店内いっぱいに広がるサンマの煙のなかで腹が鳴った。
前触れなく漬物の小皿が置かれ、豚汁ほどの具沢山の汁椀が運ばれる。焼き上がったサンマには無造作に大根の鬼おろしがのっている。鬼おろしに醤油をかける。旬のサンマの身と鬼おろしと白飯は、一膳めし屋のスペシャリティだった。
幾星霜、どこにいってもコンビニあり、ファミレスあり、弁当付きが当り前になったが、一膳めし屋のあの女将の愛情は、どこにも見つからない。
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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