鳩居堂のたおやかな和紙の封筒にはいった「恋文」がおくられてくることを夢見た少年時代があった。
2月10日は「封筒の日」だそうだ。いまでは封筒にはいってくるのは、宣伝用のダイレクト・メールか、請求書ぐらいか。味気ない世になったと嘆いても始まらない。その請求書ですらメールで来るというのだ。
封筒には大事な案件を包んでお届けするという役割があった。それ故、封を開けるというのは、事務作業のなかでも厳粛な気分がともなった。 軽々しく鋏をいれて、なかの文書を傷つけたりしては絶対にいけなかった。恋文ならなおのこと封を開ける気分に、最大の緊張と人生がかかっていた。
それ故、封書を開けるそれだけの使用目的のためにドイツ製の高価な鋏を伊東屋にかいにでかけた。皮のケースに入った開封だけのための鋏は、ローズウッドのデスクの上に特別な席が用意されていた。
初めてバリ島に旅行したときだった。
案内された部屋のデスクに、名前入りの封筒が用意されていた。航空便の封筒と横長の白い封筒にスマートにレイアウトされた自分の名前が印刷されていた。傍らに飾られていた豪華な花よりも果物よりも嬉しかった。
ホテルに別れを告げるとき、未使用の三枚の封筒を大事にトランクにしまい帰国した。あの封筒は何処かへ行ってしまったが、ホテルの心使いは今だに忘れていない。
封筒の日に想う
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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