闇バイト!!そんな軽さでいいのか!

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「初めまして……」「初めまして……」
 「じゃ、これから強盗にいくぜ。」「へぇ」「ホシの場所は判っているな。」「へぇ、、テレグラムで確認してやす。」
 初対面の数人が連れ立って強盗に出掛ける。
 「ところでアニサン、今日のギャラは?」「馬鹿野郎!、シゴトが終わったらスグ口座に振込んでやるよ。」
 泥棒達はお互いまったく初めての出逢いで、顔も名前も全く知らない。
 泥棒同志なんの付き合いもないリモートワークの有難さである。
 指示はすべて自動消去機能のついたテレグラムとやらのソフトで行われる。それ故仲間の顔もボスの名前もわからない。
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 指示されたホシの近くのコンビニか、駅に集まってバイトの実行に取り掛かる。
 お気楽に一日100万円儲かるかもしれない高額闇バイトの始まりである。
 「途中、トラブッたら殺せ!!」あらかじめ家族構成と収入は調査済みの豪邸に乗り込む」
軍手バイト.jpg
 高額バイト、闇バイトの募集は絶えることのない仕事だという。
 こんな危ないものに飛びつくヤカラがいるというのもオドロキである。
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 テレビでは盛んに日本の警察が悪いとかもっと犯罪が悪いとPRしなければ等といっているが、こうしてモラルのない悪ガキを生んでしまうのは、家庭環境、とりわけ親たちの育て方に問題があるのは自明のこと。勿論学校教育にも大きな責任がある。
 倫理やモラルについて厳しく教育してこなかった。子供自身が喜べばそれが一番、子供の個性をのびのひと、うちは褒めて育てます等々、まだ嘘も本当も理解できない子供をそんな野放しで育てて大丈夫かという声が多々あった。
 案の定である。常識のない馬鹿が次々と現れてきた。闇バイトなどという軽い感覚で、人殺しも辞さない若者達である。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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