戦後の日本人が沖縄に抱いてきた贖罪と愛情について、全く理解していないのが、玉城デニーという沖縄の権力者だ。
ひょつとすると玉城デニーは、中国共産党の工作員ではないか、とさえ思ってしまう。
那覇市に拠点を置く陸上自衛隊第15旅団の師団規模への増強方針が報じられると、「過重な基地負担が増える」と反対を表明した。
日米共同演習「キーン・ソード」では、自衛隊が日本最西端の与那国島に16式機動戦闘車を空輸し、島を走る訓練をした。玉城デニーは沖縄防衛局に中止を求め、「誠に残念だ」とコメントを発表、さらに民間が利用する港を使われたことに「県民に不安を生じさせる」と不快感をあらわにした。
軍備拡張に狂奔し、尖閣のみならず沖縄までも中国領と主張する中国に対し、玉城デニーの発言はどの角度からみても、日本国民の命を守り、領土・財産の安全を守らなければならない日本人の心構えに反している。
さらに玉城デニーは「自衛隊の能力を強化するなら、その分の米軍への負担を減らすべきだ」とも発言している。ウクライナ侵略の現実が判らないのだ。
オール沖縄と称する左派勢力も沖縄の自衛隊増強に反対している。いずれも売国の思想が透けて見える。
この人たちには恐らく日本と日本人を愛する心がないのだろう。
防衛能力こそが自分達の国土をまもり、習近平の覇権主義を牽制する唯一の手段だということが判らない筈がない。
日本の安全にとって当面の敵は、オール沖縄と玉城デニーという盲目の左翼勢力である。
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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