キミは一之輔?それとも桃花?

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蝶か楼桃花.jpg 春風亭一之輔.jpg
 円楽が亡くなった。先代の円楽はうちの事務所で面倒をみていたので義理人情はあっが、当代の円楽は襲名どきのイザコザがあって、以来あまり義理はなかった。
 さて困っているのは、人気番組の笑点を抱えた日本テレビである。僅か30分の番組で何の工夫もない番組だから落語家の個性次第で明日をも判らない。
 談志の頃は、ナァニ30分の又その半分、15分を7人に割りゃたったの2分、鼻くそほじっているうちに終わっちまう、番組なんていうほどのことはねぇ、暇つぶしだぁね、と言っていたが、三平が失敗してからは江戸落語の粋や軽さが少し観客にもわかってきた。
 ネット時代になって一億総野次馬化してどうも窮屈になったようだ。
 円楽の次の候補は今二人上がっている。
 ひとりは春風亭一之輔、真打になって10年、年間900席はこなしていると言われるベテランの域の噺家である。
 話芸は安心して聞いてられる。惜しむらくはあまりイイ男とは言い難い。落語を聴くにはなんの障碍にもならないが、テレビの大喜利となるともう少しイイ男にして欲しい、という声もある。
 もう一人の候補は蝶花楼桃花、落語界のZ世代ストレート・ボブのカワイイ噺家とも言えよう。日本人好みのカワイイ個性のイマドキ女性とりあえずは絶対人気ものになるだろうが、はたして江戸の粋をこなせるか、その辺りが迷い処になる。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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