パリの友人からクリスマス・カードが届いた。
なんと封筒の表にはシャネル5番の100周年記念切手が貼られてある。友人の心ずくしも嬉しかったが、さすがフランスの郵政公社のやることは違う。香水の100年記念切手を発行するとは。日本ではせいぜい渋沢栄一の肖像切手ぐらいではなかろうか。
1954年、アメリカ映画界に登場したマリリン・モンロー伝説のインタビュー。
「貴女は何を身につけて寝ますか」と問いかけた記者に「シャネルNo.5を5滴ほど……」。 以来香水のスターダムに登りつめたのが、シャネルの5番だった。
当時ニキビずらの若者にとっては想像のはて、浴衣で床につく母親のリアルから、香水だけの裸のモンローなんて絵空事だった。
のちに香水の街グラースを尋ねた。谷間の町のそこここに香水やがあった。
プレゼントする相手をしつこくきかれた。 普通のお嬢さんか、それとも働いているか、ひょっとして芸能人かと。お嬢さんなら、こちらの花のエッセンスから、俳優や踊り子だったらこちらの棚の動物系のムスクがセクシャルな香りだ、と説明された。
20代の歌手だと言うと、ならばと指をたてフラワーノートをベースに大人の香りを少し足し挑発的に作ろう、と調香してカワイイ瓶に入れてくれた。ビロードのリボンで飾り、きっと彼女は喜ぶといってウインクされた。
1921年5月5日 カンボン通りのメゾンでドレスコレクションと共にシャネルの5番は発表された。5という数字はシャネルにとって宿命的な数字だったと伝えられている。
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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