高嶋ちさ子の色彩感覚

by

in ,

高嶋ちさ子12人のヴァイオリニスト.jpg
 高嶋ちさ子の破壊的な率直さ、物言い、豪放磊落ともいえる個性は、いままでみられなかった魅力である。
 彼女が出ていると爽快さがみなぎり、まわりの男たちに負けない頼もしさが広がる。いかにも業界人といった父親との距離も絶妙で、幼い時からヴァイオリン一本にかけてきた彼女に、これだけの批評的視野が育っていることに感心する。
 欠点は色彩感覚である。12人のヴォイオリニストを従えてクラシックの娯楽化、視覚化をめざしている姿勢は見事だが、まま12人のドレスにとんでもない色彩が登場する。パチンコ屋の開店祝いなら仕方ないが、趣味のわるい原色のオンパレードで、その昔浅草あたりで売られていた未亡人サロンのドレスそのものだ。
 音楽では、ピアニシィモからフォルテまで見事に音色の変化を聞かせてくれるが、ドレスの色になると途端に眼が見えなくなる。この才女にして思わぬ欠点ありだ。
 優れたスタイリストでもつければ、パヒュームぐらいのスマートさは実現できるだろう。ついでに12人のヘア・スタイルもいただけない。名古屋風の長髪がうっとおしい。
 その昔、ピンク映画というのがあった。性的で怪しげな気分を誘うのが、この国のビンクだが、アメリカでは青春のピンクである。カラッとしたピンクで日本のピンクのような湿度はない。
 アメリカやイギリスでは、性的なイメージは青、ブルーに代表される。その種の映画は「BLUE Film」であり、下品な冗談はBlue Joke である。
 これがフランスでは、白がセクシーさを表現するし、韓国では赤である。
 それぞれのお国柄で色に対する感覚がまったくかわるのも面白い。


コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


カテゴリー


月別アーカイブ