「座して死を待つ」尖閣諸島

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 中国の尖閣諸島への接続水域または領海への侵攻が100日以上づいている。
その度ごとに日本政府は抗議をしつづけているが、中国側は尖閣は自国領土であると言い張って日本の抗議を歯牙にもかけない。
 国連の海底調査が発表され、尖閣周辺の海底には石油またはシェールガスがあると発表された、とたんに中国は自国領土た゜と主張し始めた。
常識では考えられないことを平気でやるのが、中国共産党政権の特徴で、常識も話合いも通用しない恐ろしい覇権主義の国であることが判る。
 中国海警局の公船は、端的にいえば軍艦である。大砲をもって領海に侵入し威嚇行動を重ね、にほんの漁船を追い回す。とんでもないことだ。
防衛白書では、尖閣に於ける中国艦船の活動が常態化し、いつ現状変更の事態におちいるか判らないと、危機状態を明らかにしたが、それにたいし、中国は「偏見と虚偽に充ち、中国の脅威を煽り立てた、でっち上げである」と声明を出す破廉恥ぶりなのだ。
 敵基地攻撃能力の配備についても、自民党の一部議員が提唱しているが、ヒヨッタ与党議員やあいかわらずの反日左翼の壁のまえに配備計画はすすまない。中国や北朝鮮の脅威が以前とは比べ物にならないほど高まっている今、自国の安全保障について政府はもっと積極的に施策を講じなければ、とんでもない現実に遭遇するのは火をみるよりあきらかだ。
 「座して死を待つ」専守防衛論などナンセンスなのだ。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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