沢口靖子・アイヌ系の美しさ

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 かってアイヌ民族はこの国の東半分を支配してきた。
つまり関東以北がアイヌの勢力圏だったと伝えられている。大和民族の征服欲にたいし、アイヌ族はあまりそうした欲望を持たなかったために少しずつ勢力圏を縮め北端の北海道に居を定めたといわれている。
 歴史的にみれば、平泉を拠点とした藤原三代がアイヌのもっとも栄光の時代だったという学説もある。
 アイヌの人々と大和族和人のあいだに、性的混交が行われるようになり、その結果アイヌのひとびとの容姿に大きな影響を残した。
 アイヌ系日本人の美しさは多く芸能人に見られる。
 女優では、いつまでも信じられない若さをたもっている科捜研の女「沢口靖子」、若い「小西 茜」、元五輪スピードスケートの「岡崎朋美」など、  
 男優では、渋い男の魅力にみちた「宇梶剛士」、「伊吹吾郎」「平井 堅」「木之元亮」とアイヌ系日本人にはそうそうたるメンバーが揃っている。 人種交合から生み出される魅力の成果でもあろうか。
 長い歴史のなかで日本にはアイヌ民族はいないと主張する向きもあるが、血で血を洗うような争いごともなく、ごく自然に同化してこんにちの和人とアイヌの関係がきずかれてきた。
 ところが2007年に先住民族の権利に関する国際連合宣言がでてからきな臭くなってきた。
 2008年にはアイヌを先住民族として認める決議が国会で成立、
 2019年4月19日にいたって、アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策推進に関する法案が議決された。
 アメリカ・インディアンよりはるか昔の大和族とアイヌ族の併存を、ほじくりだしてわざわざ争い事にしたい勢力が存在するのだ。
 朝鮮族にある「恨」の文化がこの国にも浸透してきている。静かに共存している社会の遠い昔をほじくりだして、争いごとにしたい弁護士たちのやる悲しい活動に振り回されるのだけはご免である。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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