いよいよ2日後には新元号発表となる。いや応なく平成の御代はおわり、新しい時代が始まる。
今上天皇にとってましてや美智子皇后にとって、いちばん解決しておきたかったのは、秋篠宮皇嗣殿下家のゴタゴタだったに違いない。真子さまの結婚問題が一向に進展しない。進展しないどころか、秋篠宮ご一家の内情が次々と報じられ、宮家の内紛までが明らかになっている。
原因はひとつ、「小室圭とその母親」という相手の特異な体質による。
借金をしてもてんとして恥じない母親、それを正当化して屁理屈をこねる息子、この親子には400万ばかりの借金をさっさと清算して、後ろ指をさされないようになりたいという願望がない。学費をだしてもらった相手に感謝し、いつか報いなければならないというモラルもない。
経済が不自由ならそれなりの学校をえらび、バイトに励んで家計をたすけるのが普通の常識、やれ留学だの湘南ボーイ・コンテストなどと浮かれ、宮様のいいなずけを武器に海外の学校の全額給費生になるなど、性根の腐った人間であることがよく判る。
それ故に文春砲から女性セブンにいたる週刊誌がいっせいにこの婚約への疑問を投げかけた。
こんな男に関心をもった真子さまにも問題がある。子供たちを自由に育てたという秋篠宮と紀子さまにも責任がある。ご自分が皇嗣殿下になり、次の天皇になるかもしれない男子がいる以上、国民にたいしての責任がある。
神道の家元たる天皇家にありながら、占領政策のなかに生まれた国際キリスト教大学に娘二人をいれるなど、娘の意思尊重の域を超えている。かねてから奔放な姫君と言われてきた佳子さままでが、姉の婚約大賛成と発言し、私の理想とする男性は小室圭さんと、くちばしるようになった。
秋篠宮家の「自主性を重んじた」教育方針は見事に裏切られ、「国民とともに歩む」どころか、勝手放題、皇族の公的立場も責任もまったくない自由だけの姫御前二人が誕生してしまった。
この一連の成り行きをみていると、国民はいつかは皇室不要論に流れていくのではないかと心配になる。
真子さま佳子さま・内乱のゆくえ
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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