初めの頃は、ああそういうことか、と納得してなにげに設定していたパスワードだが、わずか十数年のうちに身の回りはパスワードだらけになってしまった。パスワードのためのファイルが一冊では足りずに我が家では三冊もある。
何故だ! かってパスワードのない時代は、のびのびと自由に暮らせたのが、いまではいちいちパスワードを要求される。記憶という脳みそは、哲学や歴史や数学のために存在したのだが、今やパスワードに占領され、肝心の思考は何処かへいってしまった。パスワード・ジャングルのなかで窮屈な暮らしをしているのが、我々のイマではないだろうか。
町中に監視カメラがつき、マイカーにも高精細なドライブ・レコーダーは如何と、デーラーは薦めてくる。
身の回りすべてを疑って暮らす生活は、かっての日本人にはなかった。西欧的な人間性悪説にもとずいたものだろうが、なんとも住みにくい。
軽井沢の田舎では、地元の人のなかには鍵をかけずにお買い物へ出かける人はけっこういる。お届け物があるので伺っても、玄関の出入りは自由、中へはいってしかるべきところに置いてかえってくる。昔の東京でも下町はこうだった。鍵などどこの家もかけていなかった。ところが別荘族は十重二重と鍵だらけ、警戒心が強い。言い換えれば疑い深いのが当世の人々なのだ。
彼女とむつみあったそのあと、寝ついた彼女の指をスマフにかざして、指認証をする。見事にスマホはロックを解除され、浮気の証拠をつかんだ、とそこまでは唯のヤキモチだが、そのあと凶行におよんだとあっては常人とはいいかねる。
ひそかに彼女のスマホに位置情報を送信するアプリをインストールして、つねに監視下におく。暇な男がいるものだとおもうが、常に監視されてシアワセという彼女もいるというから犬もくわない。顔認証のアプリは双子の見分けがつかなかったというからお笑いネタでもある。
いっそパスワード、指認証、顔認証、すべて止めてしまつたらどんなにのびのびと暮らせるかとか、と想いはとぶ。
パスワード・指認証・顔認証・シアワセの監視社会
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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