「豊田真由子」この女、狂暴につき……

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「豊田真由子」この女、狂暴につき……
 「豊田真由子」東大法学部出身、ハーバート大学院留学、厚生労働省にキャリア官僚として入省、自民党公認として埼玉4区より立候補、当選ののち文部科学大臣政務官、東京オリンピック・パラリンピック大臣政務官、復興大臣政務官をつとめた。この経歴を見れば、どんなに素晴らしい女性かと認識して当然だろう。
 代議士に相応しいと選んだ自民党幹部、この女性ならと選挙応援に駆け付けた安倍首相、そしてこの人に清き一票を投じた埼玉4区の県民、この人に惚れて結婚した国交省のエリート旦那、みんな節穴当然の眼を持っていたということだ。
 人は騙されやすい、近所のおばさんも、優しくていい人でしたよ、テレビのインタビューに答えている。騙されやすいのはしかたないにせよ、国を動かすことになる人の選別は、もっと厳しい眼をもたないとダメだ。
 若者の色恋沙汰のように心優しく人間を評価してはいけない、というイカニモの事件が起きた。
 次々と辞めていった100人の秘書のうちの、一人の勇気によってこの事件は明るみにでた。
「この、ハゲっっっっ!」「違う! 違うだろっっっっっっ!」ポコッ!すいません…すいません「鉄パイプでお前の頭砕いてやろか!」 とんでもなく狂暴な、あえていわせてもらうと女暴力団なのだ。
 東大というエリートコース、官僚という優越感、代議士という選良意識が、上から目線の暴力体質をかたち作っていったであろうことは容易に想像できる。選挙民は、白いスーツにバッチをつけた巧言令色な女には、警戒しなければいけない。
 「自民党魔の二回生」と呼ばれる30代から40代の議員たちを集めて、党は再教育をするべき。
 重婚は駄目ですよ。ストーカーも止めて下さい。路チュウは議員の間は謹んで。ゲス不倫は芸能人のやることですから。秘書は録音器やカメラを隠し持っていますから、暴力的言動や差別的態度をしてはいけません。守っていただければ、いつか必ず大臣になれます。そして時間が出来たら政策について勉強していただきたいと、やさしく新人国会議員再教育センターを開いて欲しい。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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