一帯一路のトリック

by

in

一帯一路のトリック
 一帯一路というスローガンのもと、北京に130カ国あまりの首脳が集まった。
 中国から中央アジア、ヨーロッパを結ぶ鉄道網、道路網、陸のシルクロードと海のシルクロウドを作り、一大経済圏を完成させて、ウィンウィンの平和の道をつくろうという、大変結構な構想なのだ。
 が習近平のいうように、そうした構想がスムーズにいくのだろうか、誰でもが首をかしげている。金のある強大な中国にノーというより、ここはとりあえず円満にお話を聞きましょうという、建前で集まっている国もかなり混ざっているようだ。
 日本からいえば、一方的に九段線なるものを設定され、尖閣の領土権を宣言し、公船を毎日のように領海侵犯させるのみならず、空にまで戦闘機を飛ばしてくる領土拡張の現実を見せられては、とても中国は信用できない。
 トンガ王国は首相官邸まで中国に建設してもらったが、建設作業員はすべて中国人でトンガ人は全く採用されず、中国から貸し付けられたお金もすべて中国人によって持ち去られてしまった。中国によって作られた道路もわずか一年でダメになり、ポヒバァ首相は、数年後にはトンガは中国に乗っ取られると悲鳴をあげている。
 スリランカでは、中国のカネで開発し完成した港が、借金を棒引きするから港を貸せといわれ、中国の軍港になってしまった。 中国の植民地化政策にまんまとはめられてしまったと、なげいている。
 「世界経済を支配したい」という野望、さらに「領土的野心」、ひろげているシルクロードには44億人の人口があり、GDP は21億ドルの市場に眼をつけた習近平という中国人に、世界の運命をまかせていいのか、今世界に突き付けられている課題なのだ。
 「危機に瀕している中国経済の救済」を隠し、「アメリカから覇権を奪取」しようとする中国が本当に誠実で嘘のない国ならば、まず国内の経済格差をなくし、科学技術をより振興し、さらに「中華思想の破棄」を宣言しなければ、先進国はどこも信用しないだろう。


コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


カテゴリー


月別アーカイブ