テレビ朝日の大英断で始めた「ニュースな週末」、サタデー・ステーションとサンデー・ステーションがこけかかっている。この時間帯が8%前後の視聴率では、編成面でも営業面でもまったく不調で、今後の番組制作については徹底的に改変しなければならない所にきている。
このふたつの枠についてはなんといっても、フジ出身のふたりの司会について考えなければならない。そもそもフジテレビという会社は、アナウンサーを芸能人とみなしてきた伝統がある。お笑いと組ませたり、歌い手と絡ませたりという点では優れているが、ニュースを伝えたり、ニュースを考えるという点で、どうしても欠点がある。アドリブだらけの現場に直面したとき、器用にさばくことはできるが、その器用に流されて、口先のテクニックにたよってしまう。その最も悪い例が古館伊知郎だが、女子アナをタレント視するフジでは、元々もっている華やかさやアイドル性を採用の基準としてきた。
そのため芸能ニュースには登場しても、キャスター、コメンテーターとしてみるべきものはなかった。その欠点をかかえて、メディアに登場してきたのが、フジをやめてフリーとして登場してきた女子アナ・タレント達なのだ。
土曜日の高島彩だが、キャラクターは日本人のロリコン趣味にはまっている。が日活ニューフェイスの父のもとに生まれ、フジテレビの娯楽志向で育ってきた欠点がまる出しである。ニュースを咀嚼して伝える努力が全くない。成蹊大学では法学部政治学科をでているのだから、もうすこし深いところでニュースと向かい合っているかと思ったがそうではなかった。彼女の著作に「聞く、笑う、つなぐ」とあるように、「考える」が欠落している。生放送巧者のテクニックだけが目立つ。
政治も、社会も、国際も、みな芸能並みで軽いのだ。しゃべって、つなげば、ニュースな週末になるとでも思ったらとんでもないことになる。上目ずかいでニッコリしても視聴者は騙されない。
そうした視点からいえば、日曜日の長野智子には一日の長がある。フジを退社したあとのニューヨーク大学で学んだメディア・エコロジーが生きている。ハフィントン・ポスト日本版の編集主幹をしていることも幸いしてニュースとの対話がしっかりしている。フジ独特の派手さでは高島にゆずるが、53歳の年の功と勉強のあとが、司会に反映している。「可笑しなアメリカ・不思議なニホン」「普段着のニューヨーク」といった彼女の著作にもしっかりとした視点がある。
女子会メンバーにはディーン・フジオカ様さえいてくれればというミーハーもいるが、テレ朝では当面、土曜ワイドの5000万円、日曜洋画の4000万円をカットできて目出度し目出度しとはいかない。サタステ、サンステそれぞれの製作費1200万円程度、出演料高島120万円、長野160万円と予算は大幅に節約できたが、視聴習慣まで改革できる効果はうまず、安かろう悪かろうの結果に翻弄されて、ニュースな週末の後始末が待っている。
隣りのハタケがよく見えて、フジ女子アナに惚れるのはオジサン・プロデューサーの大欠点である。
高島彩・長野智子 フジ育ちの欠点
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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