「獺祭」ダッサイが男を喰う

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「獺祭」ダッサイが男を喰う
 そろそろ春の足音が聞こえてきた。
 立春のあと、カワウソが漁を始めるころというのを、獺祭といったらしい。
 杜氏のいらない酒作りをして評判になった岩国の旭酒造、その銘柄から「獺祭」という文字に出会ったが、滅多にお目にかかることのない漢字なので調べてみる気になった。
 獺カワウソはかって日本のどこにでも住んでいた動物だったようだが、1975年宇和島で発見されたのが最後で、現在は絶滅したと考えられている。
 カワウソが春を迎えて、魚を獲ると一か所に並べて食する習慣があるところから、魚を祭るというので「獺祭」という言い方が広がった。室町時代の辞典である下学集には、「カワウソは老いて河童になる」と書かれているそうだが、人を騙すという能力に長けた動物だったようだ。
 なかでも「獺は二十歳前後の美女に化けて、男を喰う」という民俗伝承が多いことが不思議といえば不思議である。獺の丸いカラダとその怪しげな動きから、二十歳前後の美女という人間界の存在にダブったのかもしれない。昔も今も二十歳前後の美少女は人間を騙す術に長けていたのだろう。アイドルやグラビア・アイドルのスキャンダルをみていると、その思いがつのり妙に納得する。
 春になるとカワウソが魚の漁を始めるあたりも、人間の春情もやもやに被ったのかもしれない。
 酔えばいい、売れればいい、ということではなく、もう少し化学的に酒作りをしたのが「獺祭」、杜氏に頼っていた昔ながらの酒作りから脱して徹底的な化学分析を中心にすえて、最新施設で大量生産にのりだしたのが旭酒造の「獺祭」である。
 昔ながらの酒造りにノスタルジーのある人は、冬の酒蔵の煙のなかで働く杜氏の姿に日本酒のイメージを重ねるのだが、遠心分離機により切れのある味わいと、ほんのりとした甘味をつくだす技術はこれからの日本酒にとって、重要なメッセージになることだろう。
 二割三分も、三割九分も「獺祭」のもつ今様の色っぽさは、二十歳前後の美女のもつ妖術に通じるものあり、である。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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