今日からは垂直に走ろう

by

in

今日からは垂直に走ろう
 話題の石原慎太郎肝いりで始まった東京マラソンを始め、大地を駆け巡るマラソンは、日本中で3000はあるというのだから凄い。マラソン・イベントは過飽和の状態で、参加費をとって採算を合わせるビジネス・モデルは、そろそろ終わりを迎えつつあるとも言われている。
そこでマラソンに変化をつけて、市民の心を繋ぎとめようと考えられたのが「ファンラン」と呼ばれるテーマのある短いマラソン。
ファンランには次のようなものがある。
 カラーラン  コースのなかのカラーゾーンに来ると色々なカラーを浴びせられる。
 バブルラン  泡まみれになって走る。
 スイーツラン  コース上に用意されたスイーツ食べ放題のラン
 ロックンロールラン  何か所かで演奏しているロックを聞きながら走る。
 エレクトリックラン  音と光に彩られたコースを走る。
 フラッグガードラン  フラッグガードの演技がコース上のそこここに展開している。
 いずれのアイディアも大地を水平に走っている。発想の転換をして登場したのが、垂直ラン、垂直マラソンである。
 垂直マラソンのプロモーター、バーティカル・ワールド・サーキット(VWC)が、本格的に日本に上陸することになつた。2016年には世界9大都市ツアーを開催し、暮れには大阪アベノ・ハルカスでエキジビション・マッチを開催した。
 垂直マラソンは、超高層ビルの最上階もしくは屋上まで階段を使って駆け上がりタイムを競うのだが、スポーツブランドも触手を動かし、いま垂直マラソン用に反発力の高いシューズの開発に手をつけていると言われる。
  人間は何時からこんなに走りたい動物に変わったのだろう。


コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


カテゴリー


月別アーカイブ