結婚に失敗した女子アナ、古巣の局をしくじって引越した女子アナ、スター選手と一緒になったつもりが失職の経済事情で再登場の女子アナ等々、教養深く美しい女子アナ達にも世間の風は冷たい。
そうした女子アナたちの救済機関になっているのが、キー局のプロデューサーや役員さんたちだ。
結婚に失敗して戻って来た娘可愛やで、自社の情報番組に再登板させる。
欲目にくらんだ女子アナは古巣にもどらず他局を選ぶ。古巣では恩着せがましく値切られるが、他所の局ならそんなことはない。マネージャーの腕次第では、ギャラ取り放題。ましてや大物司会者の在籍している事務所なら、ギャラは高額となり、そのうえ抱き合わせ出演も可能なので、出戻りアナにとって願ったり叶ったりの事務所なのだ。
そうしたいろいろな事情から、この春の番組改編時には、かってのアイドルアナ達が其処此処に出没する。
例えば元フジテレビの女子アナ高島 彩(37)は、テレビ朝日のサタデー・ステーション(土曜夜9時)に、
同じくテレ朝のサンデー・ステーションもフジ出身の長野智子(54)に。
楽しくなければテレビじゃない、と謳ったフジ全盛期にテレビ朝日は辛酸をなめてきた。その時のフジへのコンプレックスから、いまようやく抜け出す時を迎えた。かってのフジの朝の顔を、テレビ朝日の夜の顔にかえようというのだ。
この現象は地上波の経営者や制作者の決定的欠点をも露呈している。
視聴者は予定調和の地上波ニュースにはあきあきしている。上から目線の朝日、共同的左翼教条主義者のコメンテーターにも、うんざりしている。
民族を語らない、国防を語らない、歴史を語らない、そして反対だけを語られても視聴者はしらけるばかり、
尖閣を語るには中国の領土拡張主義を語らねばならない。沖縄を語るのに基地反対のお念仏だけではなにも始まらない。兵器としてのオスプレーの可能性は語らず、鸚鵡返しの反対論だけでは、マルハダカのアイデンティティなのだ。につこり笑って、はい次 の司会者も見たくない。
哲学のない現実音痴のテレビ芸者に騙されるほど、視聴者は馬鹿ではないことに、気ずいて欲しい。
地上波は熟女アナだらけ
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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