「除夜の鐘」がなくなる

by

in

「除夜の鐘」がなくなる
 騒音クレーマーと呼ばれる一連の人々が存在するらしい。
 その人達はとにかく騒音にうるさい。始まりは空港のそばに住む人人だつたようだが、近頃はあらゆるところに繁殖し、少しでも音が出ると文句をつける。
 だから近所に保育園や幼稚園ができるのも許さない。子供たちの元気な声も騒音にきこえるクレーマー達なのだ。オスプレーのときも大変だった。乗員もふえ航続距離がのびても、騒音が大きいと絶対にゆるさない。騒音クレーマーにとっては、国防のための兵器が進歩の過程でだす音も許さない。
 騒音は憲法違反だ、安保反対だと騒ぐ。
 すぐるとし、軽井沢でも事件があった。
 夏の始め、都会から涼を求めてくる人々への歓迎の花火があった。
 千ヶ滝の広いグランドが舞台だつたので、その夜は茣蓙をもったり、折り畳みの椅子を抱えて千ヶ滝のグランドに集り、久しぶりの再会を喜び、互いの無事を確かめてささやかな避暑地の交流があった。浅間山にこだまする花火をみながら、今年の夏もまた無事に過ごせますようにと、シアワセな気分になれた。
 ところがその花火が、突然に中止になった。理由は近所にすむ老人が、花火がウルサイといって警備のバイトに暴行を加えたのだ。一年に一回のハレの日の花火ですら、騒音にしか聞こえない悲しい人間がいたのだ。
 騒音の最新ニュースは、いま全国の「除夜の鐘」がなくなりつつある、という報道である。
 除夜の鐘は騒音だから止めろという近所のクレーマーが増殖し、坊さんも面倒くさくなって止める寺が増えつつある。「除夜の鐘」もミソもクソも一緒なのだ。 除夜の鐘を聞きながら、過ぎし年に想いをはせ、明日からの新しき年に誓いをたてる人などいなくなったのかもしれない。
 除夜の鐘のもつ意味も理解できず、鐘の音をデシベルだけで文句をいう人たちが日本中に繁殖しているのだ。
こうしたクレーマーは、この国から出て行ってほしい。宗教的環境によって豊かになる情操面への理解など皆無なのには驚かされる。


コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


カテゴリー


月別アーカイブ