フランスから友人がやって来た。
彼女はニースの山の上のシャトーに住んでいたことがある。城の広間にはピカソの陶板がはめ込まれ、近所にはエリザベス女王の別荘があった。
ロンドンでは、バッキンガム宮殿の側に住んでいた。イギリスでもっとも美しいとされているリード城は我が家のものといっていた。その図書室にあったからと、江戸期のにほんの茶道具を描いた和綴じの珍本を送ってきたことがあった。手元にあってももったいないので、表千家の北山文庫に納めた。
その後フランスに居を移し、ボジョレーの丘の上に住んでいた。ままヌーボーの審査員なども務めていたが、ある時ローマ帝国時代の銀器をいくつかもっている、管理も大変なので日本のミュージアムで興味のあるところはないかというので、人伝てにMIHOミュージアムを紹介したこともあったが、美術館はいま財政不如意ということで見送りになった。
その貴重な銀器をハンガリー政府が買うことになった。国立博物館の目玉になるそうだ。
そこで、友人夫妻は国籍を変更するというのだ。フランスならではの富裕税に付き合っていては、折角のハンガリー政府から払い込まれる何十億の83パーセントが、税金に取られてしまう、国家による富の収奪だと怒っている。
かねてフランスの富裕税は聞いていたが、身近に関係するひともなく聞き流していた。オランドが大統領になり、社会党の歪んだ富の分配是正が旗印となってから、一億以上の収入に対しては83パーセントを、利子収入の90.5パーセントを富裕税として取る。
ルイヴィトン、セリーヌなどLVMHの最高責任者ベルナール・アルノーはベルギー人になってしまった。映画俳優のジェラール・ドパルデューは、プーチンに誘われてロシア人になった。高給取りのスポーツ選手もぞくぞくとベルギー人になっている。
パリから高速列車で一時間20分のベルギー、ブラツセル郊外にはフランス富裕難民の密かな集落があるそうだ。ベルギーの税金も決して安くはないそうだか、キャピタル・ゲインの非課税とか富裕税もないというので、友人もベルギーに国籍変更するという。
身近にこういう友人がいても、あまりリアリティを感じないのは、貧乏人のせいだろうか。
フランス富裕難民の国外脱出ブーム
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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