京都錦小路の有次へいった。外人さんが店内に溢れていた。
有次の包丁は海外の料理人にとっても、憧れの包丁のようだ。飛び交う英語、フランス語のなかでの包丁選びは初めての体験、日本料理は包丁に始まり包丁に終わる。
若い料理研究家とか、洋行帰りの女流シェフに、左ぎっちょの包丁さばきや、鋏使いの調理などみせられるともうそれだけでいけない。料理人として信用できない。
古来包丁式というものがあった。京都萬亀楼の四条流包丁式が有名だが、青山流、大草流、進士流など数多くの流派があり、宮中を始め、伊勢神宮、高野山、神田明神、秩父神社と多くの寺社で披露されてきた。
料理の作法を集約したのが包丁式であり、日本料理の基本ともいうべき式礼だ。
包丁一本さらしに巻いて、旅にでるのも板場の修業、待っててこいさん哀しいだろが、ああ若い二人の
想い出にじむ法善寺…… 昭和35年藤島恒夫のヒットソングには、包丁修業の厳しさと希望が唄われていた。
日本料理の世界的ブームを、スシ、ラーメンに終わらせることなく、包丁に込められたワザと精神に昇華させて欲しい。
包丁一本さらしに巻いて
コメント
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
コメントを残す