女子アナ達のいまと明日

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 「女子アナ」という職業が、特殊な響きをもつようになったのは、何時頃からだろうか。
 フジテレビが、女子アナの色気に頼った戦略を展開し、一時成功したかにみえたが、結局タレント化に失敗し、韓流ブームの終焉とともにステーション・パワーも下り坂になってしまった。
 かっての女子アナに較べ、今の女子アナは人間力の試される女子アナになったような気がする。
いい例がNHKあさイチの有働由美子、アナウンサー現職のままニューヨーク支局で仕事をしたということが、彼女の財産になっている。脇汗を始め、時にぶっちゃけた個性がいやみなく伝わる。神戸女学院の繋がりでいえば、テレビ朝日モーニングバードの赤江珠緒がいる。真面目を絵に描いたような人柄が視聴率競争のなかでかなり損をしている。
 可能性を感じるのは、TBSいっぷくの舛田絵里奈、浜っ子のスマートさと知性のバランスがいい。
漢字2級、英語2級、書道6段の腕前が、ヨーロッパ文化専攻に裏ずけられて、いまTBSいちばんの注目株だ。近頃もてているのは、夏目三久だが、この人の気取ったリアクションはなんとも見苦しい。普通の対話ができない。ナレーションをしても遅かったり、早かったり基本が出来ていない。ファッションに対するこだわりから卒業しない限り、この人は茶の間相手に仕事をし続けるのは難しいだろう。
 人気急上昇のポッチャリ系水卜麻美のザックバランな人の良さが、テレビにはむいている。
 さもなくば、東大卒膳場貴子の徹底的な品性の良さと知性の高さが、スポンサーには受けるのだ。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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