「プロポーズの言葉はありませんでした。」
高円宮家次女典子さまの婚約報告の席での発言。婚約結婚の記者会見では、お約束のようにプロポーズの言葉を期待する週刊誌、テレビなどの記者たちは、いちように唾を飲んだ。予定調和の芸能人会見に慣れ過ぎている記者達に冷水をかけたといった風情である。
高円宮家というのは、ふつうの宮家を期待するとしばしば裏切られる。
長女の承子女王は、奔放なプリンセスと呼ばれ、イギリス・エディンバラ大学でのセクシャルな武勇伝は枚挙にいとまがない。エロなしの王様ゲームはつまらなかった、もう終わった、飽きた、とネット上に痕跡を残している。
婚約したという報告を額面通り受け取れば、言葉はなかつたのだから行動で表現したのだろう。出雲大社の禰宜である千家国麿氏はどのような行動によって、典子さまを決意させたのだろうか。結婚という現実のまえには、肉体言語以外考えられない。
プロポーズの言葉、嬉しい順の1000人アンケートによれば、第一位「結婚してください」第二位「一緒になろう」3位「幸せにします」4位「付いてきてくれ」とあるが、無言というのは見当たらない。
プロポーズの言葉はない
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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