バスの停留所から我が家まで200メートル程あった。
停留所のそばに昔ながらの銭湯があり、小さな市場があった。
その銭湯の前には、いつもの犬がじっと座っている。女湯ののれんの方をじっと見つめていた。犬は一流のブランド犬などではなく、貧相な雑犬だったが、決して吠える訳でもなく、鎖もつけていない。
女将さんか、小母さんの飼い主が湯から出てくるのをじっと待っているのだ。風呂に入っているのだから一時間程はじっと待っているに違いない。放し飼いの雑犬に見えるが、行儀のいいことこのうえない。
ある時、二匹の犬が待っていることがあった。犬同士吠えることもせず、じっと仲良く大小二匹の雑犬は座っていた。
暖簾をわって湯上りの女将さんがでてくると、大きい方の犬が尻尾をふって迎え、そっと寄り添って女将さんとともに帰途についた。鎖はない。犬の名を呼ぶでもなくごく当たり前の様に犬と女将のカップルは遠ざかっていった。
時間差で洋服姿の女性がでてきた。小さい方の犬が尻尾をふって喜んでいる。飼い主を待ち続けた子犬の喜びが伝わる。
体のほてりが残っている飼い主の周りを子犬は一周し、はしゃいで先を急ぐ。走りたい衝動をおさえ飛びはねながら歩いている子犬がいじらしい。
いまは贅沢なブランド犬がおお威張りで軽井沢銀座など歩いているが、昔銭湯のまえで辛抱強く飼い主を待ち続けたような雑犬は見かけなくなった。賢くて控えめな犬達は何処へ行ってしまったのだろう。ケンネルでは売り物にならないような雑犬こそが、昭和の風景にあったし、彼等は決して人間より偉くなかった。いつも人間の生活リズムのなかで暮らしていたような気がする。犬を勘違いさせた犯人が何処かにいる。
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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