少年の夏、本郷西片町の夏、鳶の親方の家の井戸は大きかった。
西瓜を荒縄でくくって、井戸に落してあった。西瓜は遠くの薄暗い底の水に浮いていたような気がした。
いつも縁日に連れて行ってくれたおせいさんの家では、柘榴の木の下にタライが置かれ、いっぱいの井戸水が張られていた。
おせいさんの行水のためのそのタライには、大きな西瓜がひとつ浮かんでいた。
西瓜を輪切りにして冷蔵庫で冷やして、などという発想はなかった。
近所の子供たちが集まった時、ご近所の夕涼みの時にみんなの前で、大きな西瓜を切り分けるのが、あたり前のシキタリだった。
年長のおじさんが西瓜を真っ二つにした時、種が少なく赤い色付が見事だと皆で歓声をあげた。
それから八分の一に切り分けられる迄の時間の待ち遠しかったこと。種を飛ばしながら、西瓜にかぶりついたあの夏が懐かしい。
海水浴に出掛ける時は、必ず西瓜の係がいた。
浜辺に着くと海にはいるよりも先に、西瓜割りの楽しみがあった。 海につかりながら西瓜割りの始まりがになって仕方なかった。
風船模様の入った大きな西瓜が砂浜に置かれると、子供心に興奮した。目隠しをされオネェサンの手が両肩にかかり、ぐるぐると回されるとそ のまま宇宙へ飛んでいくような気分に襲われた。
闇のなかの西瓜めがけて打ち下ろす竹の棒に、幼い未来がかかっていた。
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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