「世界は水玉でできている。遠い宇宙からみれば、人も、星も、地球も、太陽も、水玉にすぎないのだ。
生まれ育った山深い信州で、私は生涯のテーマ、水玉と出会った。家の裏の河原、一面に広がる無数の小石。真夏の陽光をたたえ、一つ一つ確認することのできる小石の集まりを眺めながら、私の中に水玉のモチーフが浮かんだのだった。
…いつしか水玉はキャンパスを越えて、壁から天井、床一面、部屋いっぱいに充満していた。
…水玉は一つでは存在できない。身体の中の細胞がそうであるように、結ばれ、手をつなぎ合って、大きな力になっていく。」 草間彌生さんの水玉宣言の一部だ。改めて読んでみると、とかく狂人のアートと言われている草間さんは、民俗芸術の具現者なのだと、気がついた。
草間さんの水玉には、ニューヨークのソーホーで初めて遭遇した。かなり広い無意味な空間の中で、彼女の水玉が主張していた。赤い水玉は心優しく、痛々しいほどに訴えていた。
後に、駒ヶ根の山懐に抱かれた美術館で再会した。松本の美術館でも会った。
そして去年はパリのポンピドー・センターに展覧の場を得ていた。 幸か不幸か、ともに開かれていたのがムンクであったので、パリの人々は、人間くさいムンクの孤独の叫びに心惹かれていた。ムンクには文学の匂いがある。キャンパスに描かれた絵にダブって文字が浮かぶ。
すべての芸術は言葉になると信じているパリの人々には、草間さんの表現は、いかにもアメリカ的な前衛と映つてしまうようだ。赤い水玉に託された彼女の優しさは、いま再びふるさとの信州に戻っている。
草間彌生・水玉の水玉
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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