花柳流お家騒動のゆくえ

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 またぞろ家元相続にともなうお家騒動が持ち上がった。
 日本最大の流派である花柳流家元にまつわる騒動だ。 現4世家元寿輔さんの指名による芳次郎さんへの反対騒動なのだ。先代家元の後見役であった寿楽さんの孫にあたる花柳貴彦氏が、家元相続に色気をみせたため、貴彦氏は花柳流を除名された。
 これだけならなんの問題もないのだが、貴彦氏側が身分保全の仮処分を裁判所に訴えたのだ。
 そもそも伝統芸能における継承の問題は、法理論にはなじまない。血で継ぐ場合もあれば、芸で継ぐ場合もある。蓄積された財産も、流儀の認可によって作られたものと、芸のちからや振付によって作られたものの相乗効果が家元の名で保全されているのだ。そこに権利を主張して乗り込むのはかなりの無理がある。
 花柳流も公式には委員会制度があるので、平和裏にみなの推挙を受ければ、それなりの結論はあったように思われる。 数万人の門弟を抱える花柳流ともあれば、ひとりふたりの変人もでる。本人はまともでも周りに知性がとぼしいと問題が勃発する。合理性や民主主義がなじまないのがこの国の世襲制度なのだ。
 日本舞踊800流と言われるほどの家元があるのだから、自分の納得できる流儀を創流すればいいのだ。遠縁をかざして家元の財産を狙うなど、芸術家のやることではない。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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