電通が打ちだしたのは、現役社員を業務委託契約に切り替え、個人事業主化するという改革案だが、一般の事業関係者から驚きの声で迎えられた。
が筆者のことく、昔から代理店の内側を知っている人間からは、なるほど横行する代理店社員の不祥事を隠すには、この方法しか無かったのだろうと、受け止めた。いまオリンピックを控え、アスリートの無知につけこんだ代理店社員のビジネスは、立場を利用した驚くほどの不正にまみれている。
オリンピック競技で金・銀・銅をとった選手には必ずと言っていい程、CM出演の声がかかる。アスリートには想像を超えた金銭が動く。
これこそが代理店社員の出番で、IOCと選手とスポンサーの間に立ち、正規の代理店マージンを取ったうえ、さらに選手にたいしてCM出演にかかわる企画料と称してピンハネする。個人名義の会社をでっちあげ請求書を発行するというアコギなビジネスを平気でやる。それがスポーツ選手に張り付いた代理店社員の莫大なバイト料になる。
初めて社会にでたアスリートは何が何だか判らないまま、いいなりほうだいになっている。
電通広報部は「人生100年時代に働き続けられるよう、独立を支援する会社をつくりました。個人で始めた仕事をいつまでも続けられる新制度です」というが、電通から早期退職させたうえ「ニューホライズンコレクティブ(N・H)」と業務委託契約を結ぶ。以後電通の下請けもよし、新規事業もよし、電通の業務と競合しなければどこと契約してもいいという、なんとも不思議な内容。
電通社員の不正行為を正当化する絶妙な仕掛けというべきアイディアである。
このシステムへの応募者は現在230名ほどいるというが、自らのブラックビジネスを隠すためには、このシステムにのるのが一番と考えたのだろう。
社員を個人事業主化することにより、電通は内なる膿をいっきに吐き出すことが出来る。
うちの娘が電通にはいって、と小躍りする母親などまま見かけるが、代理店というビジネスの内奥についてよく考えるべきなのだ。
社員を個人事業主にする電通のカラクリ
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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