表彰式のライブ中継を見て愕然とした。
FIFAブラッター会長がメダルを一人ひとりにかけている時、自分が貰うやいなや、テレビ・カメラに向かってピースをする、客席に向かって手を振る、肩を組んでアピールする、会長がひとりひとりにメダルをかけている最中から、全く傍若無人な振る舞いをしている。金を取ったアメリカ・チームはまだこれからにもかかわらず、無視して銀のなでしこの振る舞いには呆れた。金と銅のチームは礼儀正しくすべてのメダル授与まで静かに起立して待っているにもかかわらず、銀しか取れなかったなでしこがやたらVサインをして恥ずかしいことこの上ない。
目の前の会長を無視して、アヘ顔ダブルピースをした丸山桂里奈にいたっては、このチームの礼儀知らずを象徴する異常なシーンだった。大野が考えたと言う90度に体を折っての順番のお辞儀も、実にいやらしい。芸能人のようなパフォーマンスはいらない。そこにあるのは自己顕示欲だけで、観客にたいする感謝は爪の垢ほどもみえなかった。なでしこにはスポーツのなんたるか、心得と礼儀を一から教えなければならない。監督はなにをしてきたのか、どうせヤマザルだからと教育を放棄してきたのではないか。コマーシャルや、メディアにうつつを抜かしたこの二三年が、なでしこをここまで堕落させたのか、こんな恥ずかしいチームからは、国民栄誉賞を剥奪すべきだ。
中国の新聞に「小日本は狂っている。終わってしまった阿呆の集まりだ。」と書かれても致し方ない。
日本から行った応援団も顰蹙をかっている。礼節の国イギリスで十二分に日本人の恥を撒き散らしてきた。
開催国に対する礼節とか、観客への心遣いはまつたくない、日本人だけが異常にみえたと、イギリス紙は伝えている。
礼儀知らずのチンピラなでしこ
コメント
2件のフィードバック
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事の始まりは、リレハマーオリンピックで、ワールドカップスキーの常勝組がメダルをかじったポーズを、年端もいかぬアスリート達がマネをし、それが写真的に面白かった事もあり、マスコミがその行為を容認してしまった事が始まりだと記憶します。
JOCのオジサン達も、メディアの露出が増えるならばと、表彰式で悪ふざけする選手を見逃していたようです。
でも今回、澤選手だけは、渋い顔で表彰台に登っていた姿が印象的です、多分、彼女だけは事の次第を分かっていたのかもしれません、ゆとり教育世代を、その気にさせて活躍させる舵取りが困難だったのかもしれません。
決勝の前日に浮かれ過ぎの大儀見に一括をいれた澤、新婚の大儀見に一矢報いたいばかりに、シュートミスを繰り返す大野忍、チーム内はバラバラだったのかもしれません。
それを、素人演出で絆ごっこを演じて隠したかったのが、真相のような気がします。
彼女達の、とってつけたようなコメントがそれを証明しています。
礼儀知らずの根本は、選手達を掌握できないJOCにあると考えます。 -
ブログ効果か?どうかは別に、今日のメダリスト達の銀座パレードでは、メダルを囓る行為の禁止令が出されていたようです。
同時に、アスリートにメダルを囓らせたのは、バカTVだった事も露見しました。
理由は、ミヤネのレポーターがパレードするアスリートに、カンペで、メダル囓って下さい!をいくらアピールしても断られた場面が放映されたからです。
録画なのでやんわり笑顔で断った場面でしたが、レポーターが、失礼のないように礼装でレポートした事を何度も強調している事から、現場ではもっと泥臭いやりとりがなされていたのが、想像できます。
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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