営業局の幹部がおそるおそる制作局へやってくる。…じつはスポンサーからの依頼なんだけど、来月からの新番組の宣伝に、主演の女優さんをモーニング・ショーに出してもらえないだろうか。…駄目です。そんな枠はないし、局内でのマッチポンプはするべきではありません。…そういわずに、なんとかならないかね。…なんともなりません。番組のテーマとあいいれません。そんなに宣伝したかったら、新聞広告でも、街頭宣伝でもやってください。…いやー、代理店からも頼まれてねぇ、30秒でも1分でもいいから、頼むよ。…自局内の他の番組に宣伝を依頼しなければならないほどひどい番組なんですか。その番組止めたらどうですか。
番宣などという行為は恥ずべきことで現場はみな拒否したものだ。
ところが近頃は番宣あたりまえ、テレビ評論家までが、番宣にみるテレビ局の力量などとねぼけたことをいっている。
連続ドラマの初日は、朝のワイドショーから夕方のニュースまで、出演者がでずっぱりで電波ジャックをしている。なんとかいう子役まで、番宣です、などと、こまっしゃくれたことをいってでてくる。誰がみても、どうして何故?といった違和感いっぱいなのだが局はなりふりかまわずに番宣まっしぐらだ。
近頃では素人のおばさん達すら、司会のとなりにすわる突然の二枚目や突然の女優に「あっ番宣だわ」といって、チャンネルをかえるようになった。テレビ局は自ら墓穴を掘っていることに気がつかない。
宣伝という行為にまったくモラルがなくなったのだ。宣伝をすべて是認する精神はジャーナリズムの堕落なのだ。
そこはリアリティーを見失った虚飾だけが横行する悪質情報社会ともいえる。
番宣だらく症候群
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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