甦った歯の白日夢

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 上の前歯二本がぐらぐらになり、一大事とばかり歯医者さんに飛び込んだ。
美しく優しい奥さんが受付に座り、いつも清潔にミドリが診療室を支配している。軽井沢に移り住んでからずっと世話になり、口中あらかたその先生の判断のままに歯のメンテナンスをしてきた。
 「ああ、こりゃ駄目だ。この際全部入れ歯にした方がいいでしょう。というより、それしか方法はありません。」とあっさり宣言された。「ちょっと待ってください。しゃべらなればならない仕事もいろいろあるので、なんとかなりませんか。先生。三年持たせて下さい。」「駄目です」
 さて困った、入れ歯にすると話すことが不自由になり、口から空気が抜けてなんとも迫力がなくなる。そんな友人を見ているので、なんとか義歯にすることなく、もう少し持たせたい。紹介してくれる友あり、虎の門病院歯科部長さんを訪ねた。
 二十分程の治療ののち、「さあ、これで大丈夫でしょう。石や鉄は噛めませんが、肉は充分噛めます。でも念のため二、三か月たったら、いちど見せに来てください。」狐に抓まれた様な気分だった。歯槽膿漏も進んでいて治らないと言われたのですが…、あぁ大丈夫ですよ、治ります。あっさりと言われた。
 「白日夢」という武智鉄二の映画があった。1981年、谷崎潤一郎の戯曲をベースにした日本初のポルノ映画だ。歯の治療を受けながら、麻酔のなかで、隣の治療台にねている令嬢とドクトルと三人、いたぶられながら歓喜の夢をみる、現実と非現実の交錯した不思議な映画だった。
 あの時の白日夢がよみがえった。医は忍術といわれるが、歯科治療も魔界と悟った。


コメント

1件のフィードバック

  1. 最近の歯科技術の守備範囲の広さは驚愕的です!
    治療とは、少し違いますが、マウスピースの効用が幅広い層の支持を受けており、昨日NHKで放送された、プロフェッショナル 高倉健さん編でも、健さんが散歩をするときはマウスピースが欠かせないと紹介していました!これを起爆剤に歯科ブームおきそうな予感です!

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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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