「先生!! 子ども産んであげようか」 いきなりそう言われ困惑したことがある。
健康な体と美しい顔をもつ若い女性であった。彼女は子どものいない筆者をみて、無邪気に言葉を発したのだが、そんなことみだりに口にすることではない、とたしなめたが、その後の言葉につまった。
1976年アメリカで発明された商業的契約が「代理妻ビジネス」である。
子どもに恵まれない夫婦にとっては朗報だったかもしれないが、妊娠・出産サービスと人助けの倫理のはざまでゆれてきた。日本では向井亜紀、高田延彦夫妻や、丸岡いずみ・有村宏夫妻などがこの代理妻を通して子どもを授かっている。
21世紀にはいるとこのことが世界的市場規模となり、越境代理出産が「生殖アウトソーシング」などと呼ばれるようになった。事実は女性の
赤ちゃん工場なのだが、常に人助けボランティアであるという主張と対立して今日にいたっている。
インド、タイ、ネパール、カンボジャなどの貧困格差につけこんだ代理出産は各国でも問題視され、制限条例や禁止法令が引かれているが、事態はそう簡単に解決できず、科学の恩恵であるとばかりに市場は広がっている。
富裕層のアウトソーシングはアメリカ、貧困層はギリシャ、ベトナム、中国人は日本人母に人気があつまっているという。
おりからのジェンダー論も手伝い、同性愛の子ども欲求なども手伝い今や生殖アウトソーシング市場は一兆円規模と伝えられる。妊娠中の充実感から「自分のお腹を貸してどこが悪い」という積極派もいると伝えられるが、日本でもこの辺の論議に指針を打ち出しておいた方が良いのではなかろうか。
生殖アウトソーシングの今
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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