海に生きた安曇族のお船祭り

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 安曇野に穂高神社がある。
 穂高神社は安曇野一帯にすみついた安曇族の守り神であると同時に、上高地から北アルプス穂高岳山頂に至る一帯の守護神でもある。安曇族はもとは北九州にすみし、海洋民族だったという説があり、今に残る習俗には興味深い海のものがたりが多い。
 9月26、27日におこなわれる「お船まつり」もそのひとつだ。全長12.3mの男腹、女腹の大小5艘の船が出て、壮絶なぶつけ合いをする。
船の帆先には何十枚のキモノが飾られ、中央部には等身大の穂高人形と舞台がかざられている。大海の大波に耐えられるほどの背の高い山車である。
 その昔、朝鮮半島百済救援のドキュメントが、祭の本行ときいては、気の遠くなるような歴史絵巻なのだ。海神に仕えたわだつみ族の子孫が安曇族と聞かされても、どこをどう通ってこの北アルプスの麓にたどりついたのか、頭のなかのハテナ・マークは消えない。
 穂高神社の奥宮は、上高地明神池のほとり、河童橋から4キロ程歩いたところ、山小屋のレジェンドである嘉門次小屋のすぐ側に奥社はある。
10月8日の明神池には雅楽が流れ、北アルプスの伏流水をあつめた水面に、平安絵巻のような龍頭鶏首に飾られたお船が行く。お船神事である。
 平安装束の神職たちはお船に立ち、一の池二の池をまわって、四海平穏と山神無事を祈り、邪鬼を払って祭りは終わる。
 北アルプスの山懐でこうしたお船神事があることで、マイ・脳ミソは安曇族にまつわる伝承を信じざるをえなくなるのだ。
 そして穂高神社にまつわるロマンは果てしなく続く。奥宮のその更に奥に峯宮がある。なんと海抜3190メートルの奥穂高岳山頂に峯宮が鎮座している。日本の屋根、北アルプスの頂点をも神域にしているのが穂高神社なのだ。
 里宮の境内を支配しているのは色とりどりのニワトリ達。黒、赤、緑、烏骨鶏も混ざって彩ゆたかなニワトリ達が悠然と境内をあるいている。
古事記に書かれた天の岩戸の情景がそこにある。
 鳥居をでれば、この世のものとは思われない名店「小笠原わさび店」のワサビ漬が待っている。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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