流体移動による大地震

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能登半島最先端の地震について、地震研究家の偉い先生が解説していた。
地下の流体がなんらかの原因で動いたとしか考えられません。「流体って?」高温高圧の地下水のことです。
少し前は「トラフとか、プレート」って言ってなかったっけ。
そうもいってたけど原発のころは「活断層があるから」って危険危険って騒いでいたよね。
長野ではすぐ「中央構造線」っていってたよ。
珠洲大地震.jpg
太平洋プレートの活発化は、南海トラフの活発化を誘い、地下直下型の東京大地震を呼び起こす。更に富士山大噴火や、銀座水没を引き起こす。
次々と恐怖を煽り、首都不安を呼び起こすには十二分の追い込みである。
今回の大地震は津波がこなかったのが不幸中の幸い。
なにしろ説明はただの水、高温高圧の水ほどおそろしいものはない、というのだが、今回の説明によれば、地下に溜まった水が原因、ならば原発の設置について、日本中すべて駄目ということではないか。
水上昇.jpg
どうも専門家という名の人の説明は不思議である。次々と座標軸を動かし、素人にはなにがなんだかわからなくなってしまう。
流体とかが大地下から浮かんできたり、プレートが動いたり、活断層が発見されたり、まあ当分は研究費かせぎの大学教授の迷い事と受け止めておこう。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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