始まりは「松茸500メートル」、すこし走ると「松茸300メートル」、更に走ると「松茸200メートル」、「松茸100メートル」、やがて「まもなく松茸」、「もうすぐ松茸」、「すぐそこ松茸」、ブレーキをかけ、ゆっくり走ると「松茸眼のまえ」、「松茸3000円」日焼けしたおばさんがパラソルを開き、折りたたみ椅子に座っている。国道沿いに立てられたA2ほどの立看板の列に託した松茸業者の涙ぐましい努力には、頭がさがる。ちいさなザルに並べられた松茸は、信州産なのか、韓国産なのか定かではないが、秋にさきがけてドライブがてら松茸に手をだすのも乙なものだ。この季節松茸のみならず、「栗」も「桃」も、名残の「焼とうもろこし」もみな街道筋で頑張っている。食の立看板の間には、敗残の幸福実現党やら、公明党の立看も頑張っている。食欲の秋は芸術の秋でもあるので、それではと文化催事の立看を立てた。たちまちにして町の生活環境課から撤去せよとのこと。一本足の立看を二本足にしろとか、ビニールをかけろとか、とにかく許可できないという。どうやら松茸やもろこしはお好きでも、芸術はお嫌いのようだ。軽井沢町生活環境課のお話でした。
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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