3.11以来「きずな」「絆」と「絆」が、世論を覆い尽くしていたが、このところロンドン・オリンピックを前にして登場してきたのは、「感動」「感動」。
「みんなに、感動をとどけます。」「感動をあたえられよう頑張ります。」いつからあなた達はそんなに偉そうな口を利くようになったのか。観客に対する感謝がないし、なによりも、税金を使ってオリンピツクにでるという責任感がない。国民に対し、上から目線でしゃべる立場にない。日本人の代表として、選ばれていくのだから、とにかく「期待を裏切らないように頑張ってきます。金メダルを目指します」と、スポーツマンはつねに謙虚で、ひたむきであるべきだろう。
感動と言う日本語は、本人が口にするべきではなく、観客である国民が、選手の戦い方にふれ、強い印象を受け心を奪われた時に、始めて「感動した」という言葉が生まれるのだ。選手自身が、感動をもってくるだの、感動をあたえるだのと言うのは、根本的に間違っている。感動しようが、しまいが観客の自由だし、そんなことを競技前の選手から言われたくない。スポーツ選手による感動大安売りは、止められたほうがいい。
感動節は松岡修造やジャニーズ軍団の半大人たちにまかせて、知らん顔がいちばん正しい。
過ぎし日、一杯のかけそば という感動ドキュメントがあったが、たちまちにメツキが剥げて脱落した。感動力だの感動コミックを掲げての商売、さらに「私たちは世界中の感動をプロデュースします」といった心のない虚構のビジネスが横行する、奇妙な社会にいつからなったのだろう。
感動はウリモノではない。
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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