セーヌ川の中州シテ島から左岸のサンミッシェルに渡る。川べりにはブキニストと呼ばれる古本屋がならんでいる。色褪せたグリーンに塗られたブリキの箱のふたを開けて、それぞれに本の商いをしている。医学書の専門店もあれば、建築の専門店もある。なかには映画女優のブロマイド専門のブキニストもある。ブリジット・バルドーやら、マリリン・モンローといった人気の写真からピアフ、モンタンなどの渋い歌い手まで売っている。
その川沿いのみちから一本南側に幅5メートル長さ200メートル程のちいさな路地がある。ユシェット通りという。その中程にある定員80人ほどの劇場が、演劇愛好家やフランス文学好きの聖地になっている。
ギネスにも登場するこの劇場では、1957年の2月16日から58年間、毎夜同じ芝居を上演している。ユシェット通り23番地のユシェット座では、前衛劇の古典といわれているウジェーヌ・イヨネスコの「授業」と「禿の女歌手」をなんと19000回の上演を繰り返している。
「授業」では、初老の教授と若い女子学生とそして女中の3人が登場する。
教えを乞う女子学生は、足し算はできるが引き算はできない。教授の引込思案な暗さはやがて課題が数学から言語学へ変わったあたりから逆転して二人の関係も逆転していく。
居丈だけに攻撃的になる教授に対し、快活で生意気だった女子学生は次第に無気力無抵抗になり、ついには思考停止状態に陥る。教授は学生の服をはぎとり、胸を揉みしだき、ナイフをみせて最後には女子学生の身体にナイフを突き立てる。
暴力と狂気が同居する日常の滑稽さを徹底的に炙りだす。教えるということの不条理が鮮やかに描き出される。この日40人目の犠牲者である女子学生をたんたんと片付ける女中……。そこに呼び鈴が鳴って新しい女子学生が入ってくる。
展開の意外性とナンセンスな会話、制御不能な嗜虐性がなんともおかしい芝居として楽しめる。
パリで芝居を一つ見るならユシェット座を是非お勧めする。
奇跡のロングラン・イヨネスコの「授業」
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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