大相撲の神降ろしと神送り

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 「やっぱり白鵬はモンゴル人だ。」「白鵬は大相撲がわかっていない。」「格闘技と相撲の違いがわかっていないんじゃないの」
 白鵬の42度目の優勝後、土俵下でのインタビューを受けた後、観客に直接呼びかけて三本締めをしたことに対する反応である。横審からの指摘について、落語家の立川志らくは、「せっかくの優勝に何故文句をつける」といきまいていたが、今時の多くの日本人と同じく大相撲の意味を理解せず、ボクシングや格闘技と同じ理解で、この国の神事相撲についてまったく判っていない芸能人であると、みずから墓穴を掘った。
 そも相撲というのは、収穫などに関わる吉凶占いと同じ、勝負にたくした相撲神事だった。
 それ故に先ず土俵に神様を勧請する神迎えの儀式がある。土俵の中央に御幣をたてお酒を供え、神降ろしをして土俵開きをする。神様を呼び集めるだけでも大変で、信州の遠山まつりなどでも神様の名前を呼び上げるたけで3時間近くかかる。大相撲ではかなり簡略化され、初日前日の土俵祭りのなかで形式的な神迎えの祝詞だけになっている。
 相撲行事が終われば、当然の如くお集まりいただいた神様を天にお帰りいただく為の神送りの儀式がある。すべての行事が終わって、はじめて手締めになるのだ。自分が優勝したからとかってに手締めを行うのは、天にツバするに等しい。
 相撲神事として国技に認められている以上、これらの神事は正しく伝承されていくことが重要になる。
 そうした伝統としての相撲に関心のない人々は、ボクシングや格闘技と同じスポーツとして見てしまうが、スポーツは娯楽であって神事ではない。
 ただの娯楽ではなく神事相撲としての存在こそが、国技としての大相撲であり、欧米における相撲人気をささえている所以なのだ。
 相撲協会では土俵にあがるまえに相撲学校で教育をしているが、外国人力士には二倍三倍の時間をかけた教育が必要だろう。幼い時から神仏不在の環境で育ってきた人間に、民俗信仰を理解させるのは容易なことではない。白鵬という希代の横綱にしても、全く神事相撲が判っていないという現実がここにある。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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