外国人にホメられたい

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 自信を失った日本人が急速に増えている。海洋国家としてアジアに燦たる日本と自負していたが、石原慎太郎の蒔いた尖閣列島国有化以来、間断なく続けられている中国の恫喝にお手上げ状態だ。韓国にも従軍慰安婦問題以後世界中に慰安婦像をたてられても、なす術がない。
 こんなさなかに東京オリンピック開催が決まり、おもてなしのキャツチに乗って少しばかり息をついた。
 劣等感の裏返しから、とにかく外国人に褒められたい。近くの国は駄目なので、せめて遠くの外国人に褒めて欲しい。
 雑誌もテレビも一斉に手前味噌のホメホメ番組、ホメホメ記事を作りだした。
 「世界が驚いたニツポン」では、スゴーイですね、スゴーイですね、の外人が、浄水場を尋ねたり、築地市場を覗いている。
 「和風総本家」では世界に誇る木の技を写し、職人技スペシャルと自画自賛。
 「メイド・イン・ジャパン」では日本製品がどれだけ凄いのか、とインスタントラーメンを特集している。 「いま行きたかったニツポンへ」「外国人が驚く!奈良京都」「YOUはなにしに日本へ」外国人を空港で捉え、彼らの日本旅行につきまとい、最後に日本へのホメ言葉でくくる。
 とにかく外人に褒められたい、がみえみえなのだ。スタジオに外人を並べ、順番にホメ役を務めさせる奇妙なニッポン番組もある。
 こうしてすこしでも外人に褒められて、日本への愛に目覚めるのも可とすべきなのだろう。
 もっと褒めて! もっと褒めて! と日本全体がオカマ体質になっている。
 いつになったら本当の祖国愛が育つのだろうか。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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